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上野紀子(絵本作家・画家)の経歴をご紹介!死因や病名は?

ぱごろも
ぱごろも
どもです🤗

ちいちゃんのかげおくりはよく覚えています。

 

小さなころは絵本を親に読んでもらったり、自分でも読んだりしました。

今でも絵本の絵柄には癒されます。

絵本作家のお一人が亡くなりました。

上野 紀子(うえの のりこ)さん死去

絵本作家・画家である上野紀子さんが、2019年2月28日に亡くなったことをポプラ社が発表しました。


「ねずみくんのチョッキ」を始めとするねずみくんシリーズが有名です。

その他にも多くの作品を世に出しており、他の作家の挿絵を描いたりもしています。

絵本以外にも広告や雑誌のイラストのお仕事をしていた時期もあります。

上野紀子さんの経歴

  • 本名:中江 紀子(なかえ のりこ)
  • 生年月日:1940年9月29日(享年78歳)
  • 出生地:埼玉県
  • 学歴:日本大学藝術学部卒
  • 夫:中江 嘉男(なかえ よしお)

夫の中江嘉男とは大学の同級生でした。結婚してからは夫の嘉男さんが文章を担当し、紀子さんが絵を描いて、絵本を合作していました。

「ねずみくんのチョッキ」講談社出版文化賞を受賞しました。また、1987年には「いたずらララちゃん」絵本にっぽん賞、2005年に夫の嘉男さんとともに巌谷小波文芸賞を受賞します。

夫との合作だけでなく、あまんきみこさんや、舟崎靖子さんなどの作品にも挿絵を描いています。

特に有名なのはあまんきみこさんの「ちいちゃんのかげおくり」です。筆者の小学生時代に教科書に載っていたので、知っている方も多いのではないでしょうか?


かげおくりという遊びを教えてもらった「ちいちゃん」という小さな命が戦争によって失われます。戦争の恐ろしさを伝えながらも、なんとなく幻想的な印象も受けるこの作品からは考えさせられることが多いように思います。

夫の嘉男さんは広告会社に勤めていました。その頃はお二人で自費の絵本を制作していました。

1972年、お二人はニューヨークへ行って絵本を売り込むというチャレンジをします。飛び込みで絵本を売り込むものの、なかなかうまくいきませんでした。

しかし、ある出版社の副社長がお二人の絵本を気に入りました。その後はトントン拍子に出版まで行き、二人の絵本作家デビューとなる「エレファントボタン(邦題:ぞうのボタン)」が出来上がりました。

上野紀子さんの死因や病名は?

現在得られる情報では、「東京都内の病院で死去した」ことと「病気で死去した」ということしかわからず、詳しい病名や死因は発表されていません。葬儀も近親者のみで行っています。

ねずみくんシリーズの「ねずみくんとおばけ」を2016年に発表していますが、その後の活動などは確認できませんでした。

もしかすると長く闘病されていたのかもしれません。

詳細が分かれば追記します。

まとめ

上野紀子さん死去

2019年2月28日、絵本作家・画家の上野紀子さんが死去

ねずみくんシリーズやちいちゃんのかげおくりの挿絵を描いた

死因は現在不明

 

ぱごろも
ぱごろも
あたたかい絵を描かれる方です。

心よりご冥福をお祈りいたします。

 

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ぱごろも
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いろんなことに興味が尽きない!でもくすぶっている理学療法士(PT)です。学んだことを発信して、ひとの役に立てればと思っています。わんことふくろうを愛しています♪